9周年

【9周年】
本日the Beach Dogはおかげさまで9周年を迎えることができました。

たくさん方に支えられ、無事今日という日を迎えることができましたこと、この場を借りて感謝申し上げます。

しかし、あくまで今日という日は通過点。
現状道に迷っていないか、もしくは今後道に迷わないか、確認するためにも、これを機にすこし回想させてください。



2003年から2年間アメリカで牧場生活を送った。
犬との出会いはその時だった。
牛追いをするカウボーイに混じり働く犬の姿。
その能力の高さには感動すら覚えた。
立ち話をする時も、農機具を修理する時も、スーパーへ買い物に行く時も、夜お酒を飲む時も、どんな時も犬たちはカウボーイのそばを離れることはなかった。
犬と人がお互い生き物らしく、まさにイキイキと生きる姿に、初めて犬と人との在るべき姿を見せられた気がして、頭を殴られた思いだった。


生き物として、そしてパートナーとして尊重しあい、また協力しあって生きる姿。
僕が日本で伝えたいのはこの「犬らしい姿 人らしい姿」 そしてそれら人と犬のパートナーシップだった。


そして2006年、故郷の愛媛から長崎に移り、自身のパートナーとなる愛犬DDを迎え、2007年海辺の小屋にて開業。


伝えたいことは、今も昔も変わらず「犬と共に生きる素晴らしさ」。
しかし、このスローガンを何度も反芻することがあった。
それは、誤解を招くかもしれないが「犬が好きなんですね」と言われたり「命を大切にすることはいいことですね」と言われる度に自分の中では腑に落ちなかったからだ。
でも、今では自分の中では明確な答えがある。
うまく伝わらないかもしれないが、「田舎」と「田舎暮らし」、もしくは「車」と「カーライフ」に違いがあるように、「犬」と「ドッグライフ」には大きな違いがある。
求めているのは「ドッグライフの豊かさ」であり、犬自体への視点で止まりたくはなかった。
そこにはもちろん、犬と暮らす姿を見て感銘を受けた、という原点があったからだ。


似たような話で、「犬を可愛がる」ことや「可哀想な犬を助ける」ことも大切ではあるが、それよりも一人一人が「犬とどう生きるか」を重視すれば「不幸な犬」は減るのではと思う別のきっかけもあった。
いわゆる「殺処分0」を目指した時の話だ。
当時は保健所における一般譲渡は今ほど行われておらず、引き出すにはその人自体になんらかのバックグラウンドが必要だった。
そこで、僕は犬の訓練士であるというバックグラウンドからパイプ作りをし、可能な限りの保護を始めた。
単純に不幸な犬を減らしたいとの願いがあったからだ。
しかし、次第に高まる動物愛護の気運、それに伴う命に対する多様な議論を目にし、なんだか人の醜さばかりが見えてくるようだった。
命を救うことこそが正義であり、正義の名の下では我こそが絶対であると言わんばかりの振る舞い。
そして、助けることばかりに目が行き、足元の愛犬をなおざりにしている…まずは自分の犬を楽しませよう…


確かに命は大切ではあるが、元をただせば捨てる人がいるからであり、犬と楽しく暮らせば捨てようなんては思わない。


不幸な犬を減らすより、幸せな犬を増やそう。


結果的に保護活動へ傾倒したことが、より犬と楽しく生きる人を増やす活動へとシフトしていくきっかけとなった。

振り返れば原動力は経験からくるものばかりだ。
アメリカではカウボーイが自らの手で愛犬の命を絶つ瞬間を見た。昨日までパートナーだった犬への愛情だという。
日本では、公務員に任せ愛犬の命を絶つ人を多く見てきた。自分のみへの愛情か。
2009年大切に育てた愛犬は、皮肉にも保健所から保護した犬によって噛み殺された。
お客様の大切な愛犬を、温度管理を誤り絶命させてしまったこともあった。
子犬を病院に連れて行くタイミングが遅れ亡くしてしまったこともあった。
猫なのにいつもお散歩についてきてくれる可愛い愛猫やうちに迷い込んできて飼い始めた可愛い愛犬、初めて保護した守り神のような犬、いい子はみんな亡くなった。
大切な友も亡くなった。
いつも皆勤賞でイベントにお越しいただいてたお客様が、今日のイベントには来ないなと思っていたら、その日にお亡くなりだった。きっと今でも皆勤賞だ。
しつけでお世話になった飼い主さんとのお別れもあった。


この9年、たくさんの犬や人と出会ったが、たくさんの命とも別れた。


別れは悲しいがどう逝くかより、どう生きるか、どう生きたか。
みんなが教えてくれた。


だから、毎月イベントをする。
ようやく60回を数えるイベント。
仲間みんなで山や海へ行った。
そしてみんなで笑った。
笑顔を増やすために、大きなイベントを1つ行うのではなく、小さなイベントを細く長く続けると、開始当初に誓いを立てた。


犬は自分で散歩に出ることもできなければ、旅行することもできない。
でも大丈夫。
僕が連れて行くから。


いつも大切にしている言葉「犬は犬らしく 人は人らしく」。


2007年ふと頭に浮かんだ言葉だが、経験を積むごとに、この言葉の持つ力が強くなる。


犬は自然を駆けるとき一番輝く。
人も同じ。
アメリカで見た光景は、いまでも焼き付いている。


これからも足元にいる愛犬たちと、自然の中を「藤川勇」らしく歩んでいきたい。


最後に

これからも、人生を楽しむ多くの犬と人をサポートしていけたらと思います。
大した還元はできませんが、少しばかりのキャンペーンをさせてください。

本日中に、新規でペットホテルを二泊以上お申し込みいただいた方のみ一泊無料サービス、新規で4/2開催のしつけ教室お申し込みの方には参加費無料サービス、新規でプライベートレッスンをお申し込みの方にはしつけ教室一回無料サービスとさせていただきます。
お申し込み時に必ず「キャンペーン見た」とお伝えください。


今日から10年目に向けて頑張ります!
これからも皆様と皆様の愛犬と共に歩んでいけたらと思います。

the Beach Dog
藤川 勇
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優しい悪童


伊良部秀樹復帰戦

悪童と呼ばれていたのに、本当は野球好きの優しい人。

残念です。

ご冥福をお祈りします。



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【しつけ教室】
■お散歩トレーニング
8月はお休みです。
また9月、よろしくお願いします。


出張訓練も基本的に8月はお休みです。
9月から開始分現在受け付けております。
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#2

Today is a very good day to die.

Every Living thing is in harmony with me.

Every voice sings a chorus within me.

All beauty has come to rest in my eyes.

All bad thoughts have departed from me.

Today is a very good day to die.

My land is peaceful around me

My fields have been turned for the last time.

My house is filled with laughter.

My children have come home.

Yes, today is a very good day to die.



2008年3月6日 僕は夕方から飲みに出ていた。
2006年3月7日に長崎県に来てから丸2年。
僕は元々飲むのが好きだが、佐世保に飲みにきたのは2度目か3度目だった。
久しぶりの街。


早い時間から飲み始めたため、10時半頃には代行を呼び、帰路についた。

帰宅すると留守番していたたくさんの犬たちが出迎えてくれた。
酒も手伝い僕はとても上機嫌でいた。

自分だけ楽しんだんじゃあつまらんな。
今夜はみんなで楽しむぞ!!

家の中の犬をみんな外に出し、外に繋いでいる犬の鎖もはずした。

気持ちよく酔っ払っている。

海に歩いていこうと家を出て前の道まで来たとき、室内から漏れた明かりの中に大きな犬が小さな犬をくわえているのが見えた。

こらっ!!と叱るとすぐに放した。

凶暴性からくわえたのではなく、好奇心からおもちゃ代わりにくわえている様子だった。

僕のテンションは一気に下がり、しらけたので全員部屋に戻し、パソコンを開いた。

くわえられたチワワのバジルも特に異常があるわけでもなく速やかにケージに戻り休んでいた。

10分から15分ほどして犬に餌をやろうと立ち上がり、おもむろにケージに目をやると、バジルは死んでいた。


バジルは1歳1ヶ月で短い生涯を終えた。
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僕はバジルには一度も叱ったことがない。
小さいときから訓練を毎晩のようにしていたが、褒めることしかしなかった。
それが良かったのか、バジルは絶対にワンワンとは吠えなかった。
バジルは生後3ヶ月のときに公園で出会った中型犬に頭を丸呑みにされたことがあったので、しつこい犬にはガウガウ言うことも稀にあったが、バジルのワンという声は一度も聞いたことない。

最期も痛みをこらえながらワンワンとは言わなかったのか・・・

くわえられたら直ぐにでもキャンキャン言えよ。
家に帰ってからも痛いならフンフン言わんか!!

はじめって叱った僕の声は、もうバジルに届くことはなかった。

時計の針は3月6日から3月7日をまわったころだった。

7日バジルの好きだったドッグランに連れて行き、ラストランを済ませ、有田の山で焼いた。
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バジルをくわえた犬は僕がレスキューした犬だ。
犬を一頭助けたつもりが、その命はバジルと入れ替わりになっただけだった。
バジルは別に殺されたとは思っていないが、悔しかった。

だがこれは運命で、2匹には役割がある。

たくさんのことをまさに身をもって教えてくれた2匹だった。

ありがとう。
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Today is a very good day to die.




2009年7月28日はバジルとお別れをした山にいた。
午前中から福岡に行っていたが、車を飛ばしてなんとかギリギリ間に合った。

役目を終えた大きな体は、焼けばとても小さくもろかった。

とにかくお利口な犬で、まるで人間のようなだった。
でもおばちゃんたちがよく言う「自分のことを人間だと思っている犬」とは違う。
逆に自分のことを犬だと強く思っているように感じた。

だからこそ人に優しかった。
犬本来の姿がそこにあった。

しつけとは犬に役割を伝えることなんだ。

彼を見てそんなことを思った。

人と犬の関係の素晴らしさ。

犬にしかできないことってたくさんあるな。



その役割を終えた大きな体は活躍した街ではなく山の中で本当に小さくなっていた。

金太郎、ありがとう。
おつかれさま。

Yes, today is a very good day to die.




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A good day to die - Not a good day to die

今日は死ぬのにいい日だ。
生きとし生けるものたちが、私と調和している。
すべての声が、私の中でともに歌っている。
すべての美しきものが、私の目の中で休もうとやって来た。
悪い考えは、私のもとを立ち去っていった。

今日は死ぬのにいい日だ。
私の土地は、穏やかに私の周りにある。
私の畑は、もう耕される事もない。
家は笑い声であふれている。
子供たちが帰って来た。
そう 今日は死ぬのにいい日だ。



とある街に住むAさんが、知人を通して僕に10ヶ月の犬の預かりを依頼してきた。
Aさんの犬の素性を知ろうにも、Aさんと話す機会は訪れることがなく、Aさんとはじめて話したのは実際に犬を見に行ったときだった。

Aさんの犬は年老いた大型犬で、時折ウ~、ウ~と威嚇するようにうなり声を出していた。
それを見てAさんの犬がなぜ誰も預かりたがらないかは、容易に想像できた。

Aさんがなぜ10ヶ月も犬を預けないといけないかは、必要ない情報としていたが、僕に会うなりAさんはそのことについて話し始めた。

-確かに俺はあの日事故を起こした。でも必要な手続きを取り、物事は解決した。だが、後日刑事がきたんだ-

安楽死や処分も考えたが、自分のやった過ちで何も犬まで死ぬ必要はない、とも言っていた。


Aさんに会うまで得た情報は、凶暴でとてもじゃないけど触れない犬、だったが、電話だけで断ることはできないと思っていた。
それに、僕が断ればその犬の行き場がなく、最期の日が来ることもあり得るのだと。

実際に見たが、僕は益々悩み、なかなか答えを出せないでいた。
Aさんは翌々日にはお迎えがくるのだと言っていた。

当日になり、別の預かり業者を探すことにした。
それがだめなら、檻を建てて無理してでも預かろうかと考えた。

一つ目の業者は条件が合わなかった。

二つ目の業者は、無条件で受け入れ可能だと言ってくれた。
凶暴で、癌の疑いあるにも関わらず獣医さんからもさじを投げられたAさんの犬は、何とか命を取り留めた。

-人の運命なんてわからない。朝元気で出て行った人が冷たくなって帰ってくることなんてよくある話だ。刑に服すことも人として恥ずかしいことではなく、人はみな平等だ。あなたの知り合いに伝えてください、絶対にその犬を死なせてはならない、と。-
業者さんは僕にそう言い残し電話を切った。

すぐにAさんに連絡を取ろうとしたが、連絡が取れないまま日が変わった。

翌日Aさんの知人に連絡をしたが、Aさんとは連絡が取れないままでいるとのことだった。

もう行ったのか・・・

しかし、Aさんが行く日は毎回誤報で、それはAさん自身が招いていることで、知人から、既にいなくなっているはずなのにまだいるのでは、と聞いた。

最初Aさんの知人からは、Aさんとは話さない方がいい、と言われ、ずっと知人を通してのやり取りが続いていたが、僕はもうAさんとは直接会っている。
「僕はAさんの電話番号を知らずにずっときましたが、僕が直接お話してみたい」

Aさんは電話に出た。
普段は出ないか、出ても声の主によっては切られるのだというが、僕の声にはずっと耳を傾けてくれた。

「預かってくれる業者が見つかったので、僕がお迎えに行きます」

Aさんは多くを語り始めた。

-犬まで死ぬ必要はない。いまの私は酒が離せない。あの日から心も体も弱り続けているのがわかる。いまでは自分が何をしているのかわからないときもある。-

Aさんは冷静に自分のおかれている状況と、自分のいまの心境と、客観的に見た自分を語った。

最後に

-できることはやるので、後はお任せしてもいいですか?-

事故を起こし、刑に服すことが決定してから7ヶ月もたち、本当は弱りきっていたAさん。
それなのにずっと僕の前では冷静にいたAさんだったが、この最後の言葉を言い残すときに泣いた。

Aさんの運命は7ヶ月前、たった一晩の出来事で変わり、そのことによってAさんの犬は7月25日からの二日間、どういった運命をたどるかを、僕とAさんの知人の判断によって委ねられていた。

7月26日の僕は「この犬はどうしても預かれない。」と死刑宣告をした。
カルマが犬の死を選んでいると感じていた。
生きたければ道は開けるはずだが、犬自身が死を選んだならいくら探しても預かり手は見つからない。
それが運命だ。

7月27日に犬が生きることが決まった。
犬はまだ諦めていなかったということだ。

今日この犬は遠く離れた街に行く。
僕がこの犬を連れて行くのだが、同時に僕はAさんを今日見送る。

Not a good day to die





僕が街に出るには1時間かかる。
その道中、度々目にする野良犬がいた。
かなり広い範囲を縄張りとしている犬で、いろいろな場所でその犬を見かけた。
1年前に初めて見かけたとき、捕獲もひとつの手段だと考えたが、僕はその犬の野良犬人生のストーリーを見守ることにした。

僕だって犬は助けたい。
でもすべての犬を助けることはできない。

それに、そもそもこの犬は人の助けを必要としているのか?
犬が路上生活をしているから不幸だとは限らない。

僕は困り果てた犬以外の路上生活犬を拾わないと決めている。
幸せは生きた時間の長さではなく、どう生きたかにあると思っている。

この犬がいま幸せならそれでいいし、僕が拾おうともこの子が一生で得る幸せの量は運命で定められている。

助けを求めて僕の前に現れ、それを訴えかけてきたなら僕は助ける。
人との生活を通して幸せになりたいなら、いまここで拾わなくても、自分も含めた誰かの前に必ず現れ自ずとそうなるはずだ。

大通りを堂々と通っている姿を見ては「無事でいろよ」と願っていた。


先日保険所のサイトを見るとその犬が捕獲されていた。

だからといってどうすることもできず、これがこの子の運命なのだと諦めた。

僕は1年間でたぶん10回ほど見かけただろうか。
運命を感じることがあればその間に何かあってもおかしくなかったが、縁がなかったのだろう。

今月でその子の野良犬ストーリーは幕を閉じた。

a good day to die





保健所にジャックラッセルテリアが2匹もいると、ちょっとした騒ぎになったことがあった。
2匹とも知り合いが保護をすることになった。

一匹はさまざまな理由から早い段階で我が家にやってきたが、数日後、別の知り合いのところに行き、今も未だ見ぬ家族を待っている。

もう一匹は県外の方から問い合わせがあった。
判断は一任されていたので、希望者さんと電話でお話をし、去勢をしてから渡すなどいくつか条件付譲渡で話はまとまった。

去勢するまでの間は知人宅にお世話をお願いし、僕は去勢するための送迎をした。

その数日後、その子を空港まで送り届けた。
わずかな出会いだったけど、彼にしてみれば大きな出来事だった。

少しタイミングがずれていれば死んでた子が、こうして今生きていて、伊丹行きの飛行機に乗ろうとしている。
不思議な感じがした。

生と死は隣りあわせで、誰だって明日は棺おけの中かもしれないし、明日棺おけに入るはずが、飛行機に乗って新たな人生を歩む場合だってある。

ジョーは丈次として生まれ変わるなんて思ってもいなかっただろう。

not a good day to die




近所の犬屋敷には2年前まで25頭前後の犬が狭い敷地にぎゅうぎゅうに繋がれている状態だった。
暑さや飢餓で何頭かが死んでは、新たに子犬が産まれるなどして、またもとの数を取り戻していた。

一年掛けて8頭まで減らし、オスはみな去勢を済ませ、新たな命も増えない状況まで持って行った。

そんなある日新たな犬が何頭か持ち込まれ、その中にはオスもいた。
オスは去勢をするために外に出し、「ぴょこたん」と名付けられ、里親さんが現れるのを待つことにした。

15頭前後まで増えてはいたが、子犬さえ産まれなければなんとかなる。

二日前に電話が入った。
「犬屋敷で10匹も子犬が産まれている」

犬屋敷自体には人は住んでいないが、主がたまにオスを入れては戻していたのだという。
普段まったく世話をしない主が、わざわざ足を運び、オスを入れてはまた帰る。

ここまでの道のりどれだけの苦労があったか。
10匹減らすのは容易ではない。
10匹増やすのは容易だよ。

あそこは底なし沼で、何かの縁で犬が次々やってきて、寿命を全うすることなくうじゃうじゃ死んでいく。

あそこだけは毎日が死ぬのにいい日だ。





その犬屋敷からやってきた「やよいちゃん」

うちでしばらく預かっていたが、ある晩様子がおかしいときがあった。
咳がひどく、ご飯もまったく食べず苦しそうにしていた。
確か金曜日の晩だったと思う。

翌日病院に行くと急性フィラリア症だった。
このままだと数日以内にはなくなるという。
どうすればいいのかと聞けば、手術しかないとのことだが、その手術も難しく、命の保障はないといわれた。
日曜日は獣医師会の学会で先生は不在なので「月曜までもっていれば手術をしてみましょう」となった。
いつ死ぬかわからないやよいちゃん。
月曜までもっても手術の成功率は低い。

僕は本気で覚悟した。
この子は短い間だったけど最後に幸せな生活を送らせることができた。
あったかい布団で寝たり、おいしいご飯を毎日食させたり。
それまでは週に一度しかご飯は食べていなかったのだから。

一生分の幸せが一気にきたから、死期が早まったのだと思った。

夜は寝苦しく、とても辛かった。

月曜までなんとかもったやよいちゃんを診察台の上に持ち上げ、最期じゃないと言い聞かせてはいたものの、やよいちゃんの写真を撮った。




お迎えに行くと、笑顔が待っていた。

奇跡の生還とはこのことだ。


先生やみなさんのおかげでやよいちゃんはいまでも元気にしている。
お迎えがきたのにしつこく生き延びやがった。
犬屋敷で培った生きることへの執念は、僕の想像をはるかに超えて、半端ないものだった。


not a good day to die




2004年か5年のはなし。
僕の職場に犬を2匹飼っているワーカーがいた。
彼の犬たちは働き者で、指示に忠実に動き、牛をたくみに移動させていた。
テラマステスの子供がボラチョで二匹は親子とは似つかわしくないバラバラな容姿だった。

ひさしぶりにワーカーに会うと、いつもつれているはずの二匹がいないので、どうしたのかと尋ねると彼は「殺した」と言った。

衝撃のあまりしばらく声もでなかったが、やっとの思いで「なぜだ?どうやって??」と尋ねた。

「彼らを山に連れて行き、走らせているところを射殺した」

理由は一言で言うと「役目を終えたので、これ以上苦しみを与えないために、幸せなままでいてもらいたいために殺した」とのことだった。

しばらくは理解できなかったが、数ヵ月後には理解できるようになった。
正しい選択肢かはわからないが、僕には彼の気持ちが理解できた。

僕たちは毎日自然を相手に仕事をし、育てた牛を守るためにコヨーテを殺し、最後はその牛さえも殺して食べた。

自分以外は頼りになる人なんていなかった。

きれいごとは通用しないその土地にこそ、本当の生と死があった。

僕たちは平気で保険所に入っている犬を見殺しにする。
見て見ぬ振りさえしていれば、自分は加害者ではなくむしろ被害者だと思っている。

僕たちは永遠に加害者であり、責任は最後まで持たないといけない。

本当に犬のためを思って保健所に連れて行くことと、山で自分の手で射殺することにはさほど変わりないが、大きな違いがある。

テラマステスとボラチョはいまでも嬉しそうに走り回っていると信じている。
保健所で処分された犬が走り回っているとは到底思えない。
彼らは逆に成仏できずさまよっている。

2匹はどんなことを考えていたのか・・・でも、テラマステスとボラチョが自ら選んだ人生に思えてならない。

a good day to die


あと2匹お話したい犬がいたけど、今日はここまで。


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ネクストレベル~変化と前進~

びっくり仰天とはまさにこのことだ。



5月30日発売の雑誌「Free&Easy7月号」にthe Beach Dogが登場する。

話が来たとき、涙が出るほど嬉しかった。

やっと親に嬉しい報告ができると思った。

何があっても成功するまでは実家には帰らんぞ・・・・いや、帰れんな・・・そんな気持ちでいままでやってきた。

あれだけ泣かせた親だから、いつかいい報告をしたいと思ってた。



Free&Easyは僕の一番好きな雑誌のひとつです。
男だったら誰でも知っている、だけど女はまず知らない雑誌。
なぜなら、こだわる男のこだわりのライフスタイルにこだわった土臭い雑誌だから。
ページめくるだけで手が泥だらけになるし、髭が濃くなって、髪がバサバサになるような雑誌です。
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最初話が来たときは「は?だれ?」と思わず電話を切った。


・・・数分後・・・・


「え!?まさか!!!!あのFree&Easy!?!?は??うちが?何の用事???」


電話を掛けなおすと、本物だった。

早い話が「the Beach Dogがやってることは全国的に見ても稀で、来月号の特集と連動する」ということだった。

興奮度マックス!!
テンションガチ上がりです。

「今月号でいうとコールマンやレッドウイングが掲載されているところをイメージしていただけるといいです」
ということでした。

次元が違う。
いままではせいぜい新聞で、ほとんどは地元のフリーペーパーやテレビやラジオだった。


これが目標ではないしゴールではないので浮かれてばかりではいけないが、ひとつクリアーした。
愛犬の友や犬吉猫吉などペット専門誌ではなく、生きることをテーマにした雑誌から取り上げられたことが何より嬉しい。
大切にしているのは、犬と共に生きること。
犬を追い求めているのではなく、ドッグライフというライフスタイルを追い求めている。
かっこよくいえば、生き方だ。

究極の犬を飼っているより、究極の生き方をしているほうが俺は好きだ。
そんな大それた生き方はまだまだだけど、いままで信じてきたことが間違いではないことは確認できた。

ずいぶん遠回りはしたけど、これでいいんだ。

雑誌に掲載が決まると同時に、住民票も愛媛から長崎に移した。
先週自分で稼いだ金で車も買った。
誰もが当たり前にしていることがやっとできるようになった。



5月13日は母親の誕生日だったけど今年は言葉を贈っただけで何も送らなかった。
母の日も。
少し遅いプレゼントになるけれど、少し早い父の日のプレゼントと併せて雑誌とラジオに出演したときのCDとテレビに出たときのビデオを両親に送ろう。

Free&Easyか・・・死にたいときもあったけど、生きていて良かった。
フリー&イージー、自分らしく楽しく生きていけばいいんだ。

うん、いい雑誌に取り上げられた。
うん、いい親に産んでもらった。

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