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兄(個人として)

カンボジア最後の日、兄嫁から一本の電話が入りました。「マサル君の状態があんまり良くないんよ。誰にも会いたがっていないけど、いーちゃんにだけは会いたいって言いよる。」
「いまカンボジアおるけど、明日戻るけん戻ったらすぐ行く!それを必ず伝えとって!」
兄は福岡の病院に入院中。
僕は福岡空港に翌朝7:35到着予定。
どうすることもできず、ただ祈ることしかできませんでした。
ただ、一筋の光としては、今年の新年早々に兄が意識を失い生死を彷徨いかけた期間がしばらくあったたのですが、兄の凄まじい生命力で完全復活をしたことがあったこと。
その再来を期待していました。
翌日、福岡空港には時間通りに到着し、仕事を無理して休んでくれた妻の運転で病院に向かいました。
誰にも会いたくないということだったので、病室には僕一人で入り、壁の方を向いて横になっている兄に声をかけました。
「大(マサル)兄ちゃん、きたよ」
パッと勢いよくこちらを振り返り目を合わせると、また無言で横になり目を閉じました。
胸で呼吸をし、すごく苦しそう。
体はとても痩せ細っていました。
しばらくは僕も言葉が出てこず、ただ兄の手を握っていました。
「お母さんと姉ちゃんが明日来るって。お父さんとたけちゃんは明後日じゃ」
と伝えると、ウンと頷きました。
「誰にも会いたくないって言いよったけん、かおると来たんやけど外で待たせとんよ。呼んでもいい?」と聞くと、ウンウンと二回頷きました。
妻が「マサルさんお久しぶりです」と呼びかけるとウンと頷きました。
僕が「お母さんの誕生日プレゼントは何がええ?」と聞くと、数秒考え込んだ後、かすれるような声で「任せる」と答えてくれました。
少しして「もうダメやわい。水も飲めんし食べれんのよ」とこちらを向きながら言うので僕は「なんも飲めんの?」と思わず聞き返すとウンと頷きました。
妻は「大丈夫ですよ!」と声を掛けてあげてくれました。
僕は悔しくて悔しくて、涙が止まらず「悔しいわい!悔しいわい!何もしてあげられんのが悔しいわい!」と思わず兄にもたれ掛かり泣き崩れてしまいました。
少しすると「なんか冷たいもん」と言うので、そこにあった飲み物を差し出したけど手に取らないので、冷蔵庫で冷やしたものが欲しいのかと思い妻に病院の売店までジュースを買いに行ってもらいました。
その間静かな時間になり、僕は兄の大好きな曲をかけました。
前回倒れた時はこの曲を気持ちよさそうに聴いていたので。
しかし、首を激しく横に振り拒みました。
妻が戻ってくると、力を振り絞るように起き上がりました。
慌てて電動ベッドも起こし、体勢を整えてあげ、ジュースを専用の容器に入れ手渡すと、グビグビグビグビと物凄い勢いで飲みました。
今度はタンが出るので、ティッシュを持って何度か処置をしてあげるとまた横になりました。
電動ベッドを少し倒してあげると、一度は横になりましたが、サッと鼻につけていた酸素を剥ぎ取るように外し「暑い」といい、服を一枚脱ごうとしました。
看護師さんの手伝いで脱ごうとしたので、僅かな間だけ席を外し、戻ってみたものの、結局は脱いでいなかったので、僕たちは濡れタオルで頭を冷やしてあげて、そこにあったカレンダーを団扇のようにして扇いであげました。
すると「トリ行こか?」というので「トリ?」と聞き直すとウンと頷きましたが、僕にはよくわかりませんでした。
それを見た妻が「様子がおかしい。すぐにお父さんとお母さんを呼んだ方がいい」というので、僕もそれは同感だったのですぐに電話を入れました。
戻ると今度は「オシッコ」というので、退室しようとしていた看護師さんを呼び止めて「オシッコしたいそうです」と言って僕は数歩離れて後ろを向きました。
その直後「藤川さん!!藤川さん!!」と大きな声がしたので兄のそばに駆け寄ると、瞳孔が開き口を開けた兄の姿が。
何度も何度も呼びかけ、最後には天を仰いで「お願い!お願い!お願い!」と叫びましたが、兄が目を覚ますことはありませんでした。
4/25 09:24
僕たちが病院に駆けつけて、僅か30~40分後のことでした。
数日前に交わした、兄からの「5/11にうどん食べに行こや」という約束も叶いませんでした。
ずっと家族6人が集まることがなかったので「5/13は母ちゃんの誕生日やけん、母の日も兼ねてみんなで福岡集まらん?」と提案し、進めていた計画も叶わず仕舞いでした。
兄はすごく楽しみにしていたようで「焼肉屋さんにケーキ持ち込めるか聞いてみんといかんの」と奥さんと話していたそうです。
2年間の闘病生活、兄は自宅でも一度も弱音を吐かなかったそうです。
兄は小学生の時から人一倍元気が良く、中学高校は誰も手がつけられませんでした。
その後の人生は映画のような人生で、破天荒や男気という言葉が安っぽく感じるぐらい、漢でした。
僕たち家族はどうやら兄のことが好きすぎて、この先どう過ごせばいいのか、、、少なくとも僕はわかりません。
嗚咽、失意の底、言葉では知っていましたが、全てが一気にやってくると立ち上がることもできないのだと初めて知りました。
兄が亡くなって、病院の安置所でも、葬儀場の控え室でも、お通夜でも、葬儀の最中も、僕はどうしても現実が受け止められず、頑なにお焼香とお線香を拒んできました。
でも、さすがに骨になった兄を見た時、数珠を手に手を合わせました。
すでに済ませた初七日の法要ではお焼香もできました。
少しずつ現実を受け入れていくのかと思います。
生前兄を支えてくださった皆様、この場を借りてお礼申し上げます。
僕も少し休んだら、今度は兄の分も生きようと思います。
大兄ちゃん、本当にありがとう!
心の底から大好きでした!
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兄(ビーチドッグとして)

皆様、こんばんは。アメリカ-カンボジアからは4/25に帰国しましたが、完全に落ち着いたのは今になります。
というのも、皆様には悲しいお知らせがあります。
2012年以降にうちをご利用いただき始めた方はご存知ないかもしれませんが、ビーチドッグを始めたのは私藤川勇ですが、偶然熊本でブリーダーをしていた兄と「子犬の時から犬を幸せにするため」の考えが一致し、ずっと兄弟力を合わせて取り組んでいました。
2012年頃、兄は福岡へ移り、私は結婚をし松浦市から佐世保市へ移ったのを期にお互い完全に独立して事業を行うこととしました。
しかし、ビーチドッグにはその後も継続して「兄」の血が脈々と流れておりました。
特に私の考え方には兄の影響が大きく、常に心の支えとなっておりました。
しかし、去る4月25日午前9時24分、兄は2年の闘病の末他界しました。
4/24に兄嫁からカンボジアにいる私に「マサルくんの状態が良くない。誰にも会いたくないと言っているけど、勇くんには会いたいと言っているので、ぜひきてあげてください」と電話がありました。
私は「今カンボジアにいるけど、明日の朝には戻ります。そのことを必ず伝えてください」と伝え、ただただ時間が過ぎるのを待ちました。
翌日帰国したその足で福岡の病院へ向かうと、無事に兄と再会できましたが、とても苦しそうでした。
兄はまだ意識はあり、少し会話ができたのですが、僅か30分後に私の前で息を引き取りました。
ビーチドッグは兄のお陰でここまで来れました。
しかし、それはなによりも生前兄をお支え頂いた皆様のおかげであります。
故人に代わりこの場を借りてお礼申し上げます。
昨日無事葬儀を終えたのですが、まだ今日の夕方までは仕事が手につかない状態でした。
いまは少し立ち直れた気がします。
これからは兄の意思を引き継ぎ更なる飛躍を遂げたいと思います。

旅の終わり

今日でアメリカ-カンボジアの旅は終わります。
25年前に僕が見たものを見せたくて15歳になった甥っ子姪っ子を連れてスタートしたアメリカ横断。
横断後は昔働いた牧場を訪ねてボスやカウボーイたちと15年ぶりの再会。
そのあとはバージニアにて大切な友達と再会。
そしてニューヨークで三日間のカンファレンス。
カンボジアに渡ってからはプノンペン周辺の観光。
シェムリアップに移動後は学校の開校式と寄付した井戸のチェックとカンボジアの結婚式に参列。
そして今日は完全フリーだったので、前回知り合いになったトゥクトゥクドライバーに連絡して、500キロの旅に出てきました。
色々な人に再会できた旅。

でも、まだ終わりません。
急遽ですが、明日福岡に着くとすぐに最も大切な人の旅の応援に行きます!!
一緒に楽しい時間を過ごします!
会いたいって言ってくれてるので。
俺だって会いたいよ!
すぐに会いたい!!
ずっと一緒にいたい!

15の旅 Part12

旅の間は少しの時間が惜しいので活動時間は日の出から日の入りまで。
夜ふかしはせず、早寝早起き。
この日はまだ日が暮れるには少し時間があったので、途中小さな道に入ってみた。
そこから更に、誰も行かないような道路ではない藪に入ると視界には絶景が!!!

高いところから景色を見ると、なんとも言えない気持ちになる。

あの気持ちってなんなんだろ。

15の旅 Part11

旅で大切にしていること。
・人がいないところへ行く
・高いところは登る
アーチーズナショナルパーク内でも、人がいなさそうで高いところに登ってみた。

うん、間違いない。

15の旅 Part10

いよいよナショナルパーク巡りが始まった。
まずは僕が好きな場所の1つアーチーズから。

ここにはもう何度となく訪れた。
初めて来た15の時に感動したことを今も覚えている。
ボク「まるでナウシカやラピュタの世界みたいやろ!」
姪「見たことない」
もう生きてる世界が違うな…
恐ろしや。

最後はゴミ拾いをして帰った。

15の旅 Part9

前回のカンボジアもそうでしたが、今回のアメリカもそう。
海外行くとタダでは帰らぬ!
犬の行動、人と犬の関係、社会における犬の受容性、犬を取り巻く環境など観光そっちのけで調査して帰ります。

今回も「おっ!」と思った犬がいたのでじっと見ていると、飼い主のお兄さんと色々立ち話に。
「犬と遊んでよかよー」ってことでひとしきり犬とボール遊びさせてもらったあと、お兄さんお手製のキャンピングカーをくまなく見せてもらう貴重な機会をもらいました。
室内はお兄さんのライフスタイルに合わせた作りで、自転車やスノーボードなどのギアがちゃんと収納できるようになっていました。

甥っ子姪っ子も「ほえ~っ」と遊びの天才「アメリカ人」に刺激を受けたようでした。
それにしてもいい犬だったなぁ。
12歳だって。
ちなみにお兄さんはコロラド在住のカメラマンらしい。
かっこいいねー。

15の旅 Part8

叔父さんへの絶対服従をさせるチャンスがあるとすればここだっ!!!

「叔父さんはな、23歳から25歳までの2年間、こんなところでカウボーイとして働いていたんだ!!見よ!ここが牛をソーティングしたりブランディングといって焼印する場だ!!大変だったぞー!!」

「ふーん。」
あれ…
ま、次行くか…

15の旅 Part7

【15の旅 Part7】いよいよUtah突入!

甥っ子姪っ子たちもアメリカの合理主義を気に入ったようで、日本ではあり得ない姿のものを見ては「車は走ればええんよ」「食べれたらええんよ」「使えたらええんよ」「動いたらええんよ」とネタのように言いはじめた。

家も木もなく人もいない世界。
君たちは何を思う。

ほなまたー!

いよいよ今日アメリカの旅が終わる。
今回はアメリカ大陸を東から西、西から東と一往復、合計13,000km。

18日間だったけど、何気に毎日時間に追われて忙しい旅だった。
※ちなみに過去に横断した時と、一周回った時はどちらも3ヶ月ずつ滞在した。ゆっくり回るなら1ヶ月はマストっぽい

今夜久し振りに時間を気にせず寝られる。
無事ニューヨークに戻ってこれたご褒美にラーメンとチャーハン食べた。

明日ニューヨークからカンボジアへ向かいます。

15の旅 Part6

ニョーヨークから車で西に向かっていく日か経ち、ついにロッキー越えの時が来た。

甥はアメリカに来てからピザにハマったということで、雪を見ながらピザを食べることに。

雪に突き刺してもやりました。


僕は子供がいないけど、若い世代には僕が伝えられることがあれば何か伝えてあげたい。

ニューヨークのピザの味、ロッキーの雄大さ、雪の楽しさ etc.

過去に僕が経験したことを伝えられる機会があってよかった。

アイツのせいや!

【15の旅 Part5】朗読の日は緊張のあまり学校を休んでいた僕も、中学三年の時に年間2人しか会話しなかった甥も、いい感じにイカれてきたぞ!

アメリカのせいや。

姪は安定の明るさや。

シャイ過ぎて吉

いま動物の国際会議に出席してて、今夜はバンケット。数百人の中に一人ポツンと入る勇気が出ず離脱…

ここぞとばかりにドッグパークを見に行くと犬がいた。
「写真撮らせてください。俺は日本からやけど、あんたアメリカ出身ちゃうやろ?どこ出身や?」と聞くと「カンボジアやがな」という。
「マジかいな!!俺来週カンボジア行くし!!」
ということで意気投合し、おじさんの犬をしつけることに。

死ぬほどシャイな僕にとってバンケットはゲロが出るほどの苦痛でしたが、逃げたら逃げたでいいことはあるもんだ。

記憶って儚いんだね…

旅に出るときは毎回ルートは決めない。
今回思いがけずNebraskaを通った。

「これは!」と思い、ネブラスカ大学リンカーン校に立ち寄ってみたが、自分の記憶と風景が一致せず、自分がどこで勉強していたかわからない…
ホストファリミーの家も見つけられない…
通りの名前はなんとなく思い出したので、次々に家をノックして尋ねるけど、結局ホストファリミーも見つからないし、僕が勉強した場所もわからなかった…
でも!ホストファミリーとFacebookっで繋がることができました!
もちろんmessengerを使って電話も!!
すると、South Dakotaに引っ越したとのこと。
通りで見つからないはずだ…
数日間車をかっ飛ばしてSouth Dakotaに向かったけど、諸事情で会えず…
次回の楽しみにとっておこう。
ちなみに大学の授業は日本語通訳付きでした。
断っておきますが、僕は全く英語しゃべれませんから。

15の旅 Part4

西に行くにつれ少しずつ日本にはない風景が現れる。

見るもの全てが新しい。

僕も覚えている。
15の時、アメリカの犬が「ワン」と吠えただけで「日本と同じだ!!」と驚いた!
テリヤキチキンを不器用そうに箸で食べるアメリカ人を見て驚いた!
セブンアップのチェリー味とシュウェップスのラズベリー味という、当時の僕には見たことのないジュースを買い、空き缶すらお土産として持ち帰った。

僕は少し大人になりすぎたかな。
「大人らしい行動を取りなさい」という言葉を真に受けてしまった。

自由と権利と責任と個性は取り扱いが難しい…

ロングドライブ

今日1日でワイオミングからイリノイまで1,800kmドライブした。

15の旅 Part3

困った時はトラクター先生に聞け。
迷った時はトラクター先生に聞け。

進め。
歩め。
拓け。