探究

二日続けてお客様から犬のしつけ師になった理由と経緯を訊ねられた。
自分の過去を詳細に振り返るのもたまにはいいもんだ。

何度振り返っても思うのだが、誤解を恐れずいうと僕は犬好きではない。
犬と生活することが好きなだけだ。
車好きではないけど、ドライブ好きというのと似てる。

とにかく犬との楽しい生活を追い求めて今までやってきた。
資格なんて、犬と語り合ううえで必要ないと思いつつも、人と語り合ううえで必要なので、一応幾つか取るにはとったが自慢できるようなものはない。何かの大会で一番になったこともない。
訓練を学ぶ学校も出ていなければ、弟子入りしたこともない。それにしつけに関する本も読まない。
こんな風に伝えるとがっかりくる人もいるようだが、僕はとにかく人からは犬のことを学んだことがない。

でもそこには自分なりに哲学がある。
犬のことは犬からしか学べない、と思っている。
人の話にヒントは隠れているとは思うけど、それは答えではない。鵜呑みにしてはいけない。流されてはいけない。

この世界に入った当時の僕はまだしつけといっても力任せな部分があり、理論というより感覚任せだった。
でも一日一日、一匹一匹、一人一人から常に新しい何かを学ぼうと、そして犬という生き物の限りなく正解に近い姿を知ろうとアンテナを全開で張っていた。

如何に犬に痛みや苦痛を与えることなく、如何にその人にとってわかりやすく簡単で求められてるもの以上の結果を出し、如何にみんなが楽しくなるしつけをするか。
毎日が探究の日々だった。

今では技術面で少し誇れる部分もある。
課題であったリードを使わないしつけはずいぶん前に自分なりに開発した。
表向きやうわべだけでなく、本当の意味で一切叱らないしつけも自分なりに開発した。
クレートを使わず問題行動を改善する方法も自分なりに開発した。
オヤツやおもちゃを使うことなく、生き生きと行動させるしつけも自分なりに開発した。
罰を使うことなく吠えをやめさせるしつけも自分なりに開発した。
呼んだら確実に戻ってきてくれる方法も自分なりに開発した。
フリスビーやサーチやトリックも簡単にできる方法を自分なりに開発した。
そしてこれらは自分一人だと簡単だが、他人に伝え、尚且つ完成させないといけない。
それができるようになったのは、自分なりに多少の満足感はある。

もちろんこんなところで満足するつもりはないが、いわゆる訓練士として、大きな壁は越えられた気がする。


というところまで書いてある下書き状態のブログを見つけた。

今日は雨。

父の誕生日。

だから僕はここにいる。
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