渋谷ぶらり旅

以前から「このままでは日本から雑種(ここでは敢えてミックスとは言わない)がいなくなるのでは」と危惧していた。

農家の納屋を住処とし、おそらく有史以前から番犬業を生業としている、日本では歴史のある『血統書付き雑種』。(良し悪しは別として)
創業200年なんてもんじゃない。
数々の学校帰りの子供達を震え上がらせてきた、あの「匠の吠え」は、決して室内犬には真似できない。
口癖は「犬歯は使うためにある」
何が混じってるかもわからないので、逆に犬種として独立していると言ってもいいぐらいの『固有種』。

だが、時代の流れなのか、いまではノスタルジックな存在になってきた。

特に東京ではそうらしい。

雑種を連れて渋谷を散歩していると、ペットプロダクションの方に声をかけられ「テレビ番組の再現シーンで、制作会社から雑種の依頼が多いけど、東京には全くいないんです!」とのことだった。
戦後の闇市のシーンや捨てられた野良犬のシーンなどニーズは多いらしいが、いかんせん絶滅危惧種。

渋谷を歩いている方からも「こんな犬最近見かけないねー!どこで手に入れたの?」と何度か聞かれた。

「雑種」ではなく「ミックス」
「犬」ではなく「ワンコ」
「飼い主」ではなく「パパさんママさん」
「餌」ではなく「フード」
「コラー!」ではなく「ダメよ」

何がいいかの問題はさておき、この風潮はどこか引っかかる…

個人的に一番好きな犬種は「雑種」だ。

人は自分に似た犬を飼う説。

僕は「中型雑種愛好家」だと自負している。
それは自分自身を投影しているのかもしれないと、薄々どこかでは思っていたが…
雑種を連れて、軽四で車中泊しながら日本中を回っている自分を客観視してみると、やっぱりそうなんだと笑えてきた。

雑種に雑穀に雑草…

日本の風景を織り成す雑多なやつらは、目立たぬも日本の名脇役。
時に迷惑がられ、引っこ抜いても、追い払っても、雑にそこら中で生き延び続ける、やたらと生命力だけはあるやつら。

でも、見かけなくなると、大切な何かを失った気がする。

雑草に変わり、東京には綺麗な植物が植え込まれていた。
麦飯もいまでは高価なデトックス。
カタカナで覚えられないぐらい名前の長い、本でしか見ないような美しいワンちゃんが、楽しそうにお散歩していた。

名もなき犬種「雑種」

東京で人だかりの中にいるうちの「犬」を見て、複雑な思いになった。
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